2004 年
8 月
2 日
広島報告
|
昨日の報告を少々。 平和公園の中の国際会議場で開かれた、国際平和シンポジウムで午前中は、そこにいる人たちの故郷を思う心に訴えかけるビオラのコンサートに続き、澤地久枝さんの講演でした。 10日前まで入院されていたとは思えない1時間半以上にわたる大変辛口の熱弁でした。 何があっても核を持つべきでない、原子力をエネルギーとすることも許さないという視点から、海外にまで出かけて関係者にインタビューをしたときの模様などをお話されました。 また日本中の小さな市民活動団体が力をあわせて、チェルノブイリ事故について真実を知ろうと、隣国のベラルーシのジャーナリスト、スベトラーナ・アレクシェービチさんを日本に招いて講演会を開いたことをあげて、”市民活動には国境はない、思いさえありさえすれば”とおっしゃっていました。 水谷もその通りだと思います。 澤地さんは”「市民」とは「国家」とはちょっと距離を置いて、ものを見て考えて自分の意見を持つ人”と定義づけられていました。 (あ、どうしましょう、ご本人に議事録の確認を取っていません!これは、あくまでも水谷がそう受け取ったということでご了解が得られると良いのですが) 実はこのアレクシェービチさんの講演会のことは水谷も承知しておりました。行きたいと思いながら実現しませんでしたが、報告書によると東京会場では定員200名のところ270名が出席して立ち見も出たほどだったそうでした。彼女は「チェルノブイリ事故について正確に理解していない。チェルノブイリは今でも人を殺している。」と語ったそうです。(通販生活aD217)
広島は原爆投下後、この先70年間、草も木も生えない、と言われましたが、これは嬉しい予想外で、少しすると小さな芽吹きがあったそうですが、原子力の影響は目に見えないところで長期間にわたり広がっていくところが大変恐ろしいところです。
環境問題としてを捉えてみても、戦争というのはまさに比類のない地球環境破壊に他なりません。
昨日のパネリストの何人かがおっしゃっていたように、”核には良い核とか悪い核はない、誰であろうとも今すぐに持つことをやめるべき”だと思います。 核保有国の国民は「悪いことには使わない」と言いがちですが、例えばその保有や新技術にかける軍事予算はどのくらいなのか、と考えたことがあるのでしょうか?
平和を願う気持ちは誰でもどこの国でも同じはずです。主義や主張の違う人たちといかに平和的に暮らしていくか(共生)を考えていくことが、これからの私たちの目指す方向だと思います。
|
|
|
バックナンバー 最新20
|