2004 年
10 月
1 日
暴力は許せません
〜DVについてもっとよく知りましょう〜
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日野選出の都議会議員の執印真智子さんを招いて、DV(ドメスティック・バイオレンス)についての学習会を開きました。出席者は11人でしたが、会場(エポック10)に置いたチラシを見て出席してくださった方もいて、嬉しかったです。
「暴力」とは実際に殴る、蹴るといった身体的なものだけでなく、言葉で相手を傷つけることも暴力です。「バカ」「能無し」などと日常的に言われ続けることで、被害者は「無気力」「無感動」になり、自分を大事にすることをやめてしまいます。外から見ると「そんなひどい目に会うなら出て行けばいいのに」と思うのですが、そういう行動が起こせなくなってしまうそうです。
DVの加害者には、自分が暴力をふるっているという意識はないようです。「しつけている」「わからないから教えてやっている」という理由付けをしていることが東京都の実施した調査でも報告されていました。一方被害者も、「自分に落ち度があったから」「相手の機嫌を損ねたから」と自分に対する暴力を「不当だ」とは捉えていない状況があるようです。
また、ひどい目にあっても、そうでないときは「ものすごく良い人」であったり”この人を支えられるのは自分しかいない””自分は必要とされている”といった「共依存」の関係がDV問題の解決を難しくしている点だと思います。
家庭内であっても「暴力は犯罪」です。東京都が作成した「加害者にならないために」というリーフレットがあります。これについては、被害者の方たちは大変な批判をしましたが、どこが問題かというと、「親しき仲にも礼儀あり」というところです。 「礼儀」?? もし職場で自分と違う意見を言う人を気に入らないからといって殴ったら、「傷害事件」でしょう。それと同じ行為を「礼儀」などと捉える意識自体がそもそもおかしい。「犯罪」ですよ。
リーフにはありませんが、「加害者も子どものときに同じような体験をしたり、見たりしていることが多い」などと分析されることも危険です。そういった家に育ったから、そういう行動を起こしても仕方がない、という逃げ道を作ることになるからです。 幼児虐待も同じように思いますが、何があったとしても、自分も含め人を傷つけること許さることではありません。
2001年に制定された「配偶者暴力防止法」が改正に向かっています。「暴力」の定義が拡大され、”心身に有害な影響を与える言動を含まれる”ことになります。離婚しても、尚被害にあう場合の申し立てや、子どもに対しての接見を禁止できるようになったり、自立支援を国や都道府県に対して規定することになります。
ただ、まだ不十分な部分も多いようです。被害者が逃げ込んだ先のシェルターなどに対する保護が盛り込まれていなかったり、被害者の親族が被害にあうことが想定されていなかったりします。
DVだけでなく、人権侵害につながる暴力は日常生活の隅々にまで存在していることに改めて気づかされました。親が子どもを自分の所有物のように扱ったり、最近でこそ問題視されてきましたが、指導の名の下に教師が生徒を殴ったり。
自分には関係のないこと、ではありません。人がお互いに尊重しあえる関係でいられるためにはやはり情報の共有と意識の啓発が大切だと思います。
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